生成AIの話題を見ない日は、もうほとんどありません。
文章を書く。画像を作る。検索を助ける。仕事を効率化する。
ここ1〜2年で、AIは一気に「未来の技術」から「もう使う技術」に変わったように感じます。
一方で、少し前まで“次の革命”のように語られていた量子コンピューターは、以前ほど表舞台で見かけなくなりました。
先日読んだITmediaの記事では、量子ベンチャーの経営者が、生成AIの進化によって量子コンピューターをめぐる前提が大きく変わってしまったと語っていました。量子人材に対しても、まずはAIスキルを主軸に据えるべきだとかなり率直に述べており、量子分野に流れ込む予算や期待が細っている現実がにじんでいました。
この話を読んで私が感じたのは、量子コンピューターが「ダメな技術」になったということではありません。
そうではなく、今の社会は“今すぐ役立つもの”に、注目も人材も資金も一気に集まりやすいということです。
そして、そのスピードについていけない技術は、価値があっても苦しくなる。今回の話は、そんな時代の空気をよく表しているように思いました。
生成AIと量子コンピューターは、同じ「最先端技術」とひとくくりにされがちですが、中身はかなり違います。
生成AIは、既存の計算基盤や半導体、膨大なデータ、ソフトウェアの改善によって急速に実用化が進みました。すでに企業の業務や研究支援の現場に入り込み、文部科学省もAIを科学研究の生産性や創造性を大きく変える基盤技術と位置付けています。
それに対して量子コンピューターは、ハードウェアの安定化、誤り訂正、制御技術、周辺機器、ソフトウェア、ユースケース開発まで、どれも時間のかかる積み上げが必要です。日本政府の量子政策でも、量子はまだ黎明期であり、中長期的な視野に立った基礎研究の強化が不可欠だと整理されています。さらに、量子コンピューターは古典コンピューターやソフトウェア基盤と組み合わせた形で育てる必要があるとも示されています。
つまり、生成AIは「すぐ役立つ」が見えやすい。
量子コンピューターは「将来大きく化けるかもしれない」が中心になる。
この違いは、投資の世界ではとても大きいのだと思います。
企業も投資家も、厳しい環境になればなるほど、回収の早いものにお金を向けます。
実際に成果が見えやすく、売上や効率化にすぐつながる技術の方が説明しやすいからです。
その意味では、生成AIに資金が集まるのは自然な流れとも言えます。
ただ、その自然な流れの中で、量子コンピューターのような“時間がかかる技術”がやせ細っていくのだとしたら、それは少し怖いことでもあります。
なぜなら、本当に社会を変える技術は、最初から採算がいいとは限らないからです。
むしろ最初は、非効率で、遠回りで、役に立つのかよく分からない。
それでも研究を続けた結果、ある時点で一気に価値を持つ。そんな技術は、これまでもたくさんありました。
量子コンピューターも、今の段階では「まだ早い」「用途が限られる」「期待先行だった」と見られることがあるかもしれません。
それでも、創薬、材料開発、複雑な最適化、暗号や経済安全保障の分野では、将来的な重要性が指摘され続けています。政府の資料でも、日本は量子分野で部素材や装置、計算基盤、国際連携などに強みがあり、量子技術を自立的に育てるエコシステムづくりが必要だとされています。
ここで大事なのは、量子とAIを「勝った負けた」で見る必要はない、ということです。
文部科学省はAIを研究の基盤技術として強く推進しており、内閣府の量子政策は量子と古典計算基盤を組み合わせた形を重視しています。
つまり現実には、AIが進むほど、量子が不要になるというより、AIが進む時代だからこそ、量子がどこで価値を出せるかを改めて問い直されているのかもしれません。
私は今回の記事を読んで、少し暮らしの話にも似ていると感じました。
人はどうしても、目の前で役立つものを優先します。
家計でもそうです。余裕がなければ、将来のための投資より、まず今月の支払いをどうするかを考えます。
企業や国の予算も、結局はそれに近いところがあるのだと思います。
でも、目先だけを見ていたら、将来の選択肢は細くなります。
“今すぐ便利”は大事です。
ただ、それだけでは社会は少しずつ浅くなる。
時間がかかる技術、すぐ利益にならない研究、いまは注目されない分野。そういうものまで全部切ってしまったら、次の時代を作る芽がなくなってしまいます。
だから私は、量子コンピューターの規模が縮むことはあっても、ゼロにはしてほしくないと思いました。
今は生成AIの勢いが圧倒的でも、それは量子の価値が消えたという意味ではないはずです。
むしろ、世の中が「今すぐ役立つ」を強く求める時代だからこそ、長い時間をかけて育てる技術をどう支えるかが問われているのではないでしょうか。
便利で速いものが勝つ時代。
それはもう、止められない流れなのだと思います。
けれど、その流れの中でも、遅くても、難しくても、まだ見えない未来を支える研究の火は残してほしい。
量子コンピューターの話を読みながら、そんなことを考えました。
