2026年3月31日、NTTドコモの3G通信サービス「FOMA」が終了する。1999年に始まった「iモード」とともに、四半世紀以上にわたって日本人の暮らしに寄り添ってきたサービスが、静かに幕を下ろす。
あのパカッという感触を、覚えているだろうか
二つ折り携帯をひらくたびに鳴る、小気味よい音。小さな液晶に浮かぶ着信メッセージ。待ちわびた相手からのメールを読むために、何度も画面を確認したあの時間。ストラップをじゃらじゃらとぶらさげて、待ち受け画面をせっせとカスタマイズして、着メロを友達と見せ合って——。
iモードが登場した1999年から、FOMAが始まった2001年あたりにかけて、携帯電話はただの「電話」から、持ち歩く「生活の窓口」へと変貌を遂げた。ニュースを調べ、天気を確認し、乗り換えを調べ、好きな人にメールを送る。今では当たり前のことが、あの小さな画面の中で次々と可能になっていった。
あの時代も、十分に目まぐるしかった
思い返せば、あの時代も十分に目まぐるしかった。
テレビでは毎週のように「携帯の新機種」が特集され、カメラ付き、動画対応、おサイフケータイ——と機能が雪だるま式に増えていった。「ガラパゴス携帯」などと後に揶揄されることになるが、当時の日本の携帯文化は世界でも際立ったユニークさと完成度を誇っていた。変化のスピードは、今から振り返っても決して遅くはなかった。むしろ、日常の中に「また新しくなった」という感覚が自然に溶け込んでいた時代だったと思う。
それでも、あの頃の変化には、どこかゆったりとした「待つ時間」があった。
メールの返信を待ちながら、ぼんやりと窓の外を見た。着信音が鳴るたびに胸がどきっとした。通信速度が遅いぶん、情報はすぐには届かなかった。その「すぐには届かない」という不便さが、人と人との間に、ちょうどよい余白を作っていたのかもしれない。
でも今のスマホは、待ってくれない
あのパカパカの時代とは打って変わって、今のスマートフォンは一瞬で世界中の情報を手のひらに届け、AIは問いかけに即座に答える。便利さは比べものにならないほど増した。しかしその分、「待つ」という経験がほとんどなくなった。通知は絶え間なく鳴り続け、返信は即座に求められ、情報の濁流の中で私たちは常に何かに追われている。
これから先、AIをはじめとする技術革新はさらに加速するだろう。FOMAからスマホへの変化どころではない、もっと根本的な「生活の書き換え」が起きるかもしれない。そのたびに私たちは新しい便利さを手に入れ、そして何かをそっと手放していく。
それでも、あの時間は上書きできない
3月31日の夜、どこかの家でひっそりと、一台の二つ折り携帯が最後の電波を受け取る。持ち主はそれを知っているだろうか、知らないだろうか。
パカパカの時代は終わる。でも、あの画面の前で誰かを待っていた時間は、ちゃんと自分の中に残っている。技術が変わっても、それだけは誰にも上書きできない。
