医療費が上がり、介護も賃上げ——現場に届く前に倒産している話

最近、立て続けに「良さそうなニュース」が出ている。

「2026年6月から医療費が引き上げられる」「介護職員の賃金が月1万円上がる」——どちらも、長年苦しんできた現場への朗報のように聞こえる。

でも、少し待ってほしい。そのお金は、本当に現場に届いているのだろうか。

目次

医療費が上がる理由——「値上げ」ではなく「崩壊を防ぐため」

2026年6月から、病院やクリニックへの報酬(診療報酬)が3.09%引き上げられる。患者が支払う医療費も、それに伴って上がる部分がある。

なぜ今なのか。

背景には、物価高と人件費の高騰で医療機関の経営が限界に近づいているという現実がある。看護師をはじめとする医療スタッフの離職が増え、人手不足が深刻化している。2040年には団塊世代が全員後期高齢者になり、医療需要はさらに増す。今手を打たなければ、医療が回らなくなる——そういう危機感からの改定だ。

注目すべきは、引き上げ分3.09%のうち1.70%が「賃上げ財源」として指定されていることだ。つまり、医療費値上げの目的の半分以上は、現場で働く人の給与を上げることにある。

ただし、その財源が実際に看護師やスタッフの給与に反映されるかどうかは、各医療機関の判断に委ねられている。国が「賃上げに使いなさい」とお金を渡しても、経営状況や判断によっては、別の用途に回ることもある。

介護も賃上げ——でも、月1万円で何が変わるのか

介護の現場でも、2026年度に異例の臨時改定が行われた。介護職員への月1万円の賃上げが打ち出され、条件を満たした事業所では最大1万9,000円の引き上げも可能になった。

朗報のように聞こえる。でも、数字を並べてみると見えてくるものがある。

介護士の平均給与は長年、全産業平均より月3〜4万円低い水準が続いてきた。2026年の賃上げトレンドが全体で約5%(月給30万円なら約1万5,000円相当)だったことを考えると、今回の月1万円は「他業種に追いついた」のではなく、「少し差を縮めた」にすぎない。

しかも最大1万9,000円の賃上げは「ICT化など生産性向上に取り組んだ事業所のみ」という条件付きだ。設備投資の余力がない小規模事業所には、その恩恵が届きにくい。

倒産が、過去最多を更新し続けている

介護事業者の倒産件数は、2025年に176件(過去最多)を記録した。前年の172件を上回り、2年連続の記録更新だ。コロナ禍前の2019年(111件)と比べると、6割増の水準になる。

倒産した事業者の約8割は、従業員10人未満の小規模事業所だ。倒産原因の約8割は「売上不振」。特に訪問介護の倒産が突出しており、3年連続で過去最多を更新している。

「賃上げのニュース」と「倒産過去最多のニュース」が、同じ時期に並んでいる。

なぜ倒産するのか——「自分で値上げできない」構造

介護事業の収入のほとんどは、国が決めた「介護報酬(公定価格)」で決まる。

飲食店なら「食材が値上がりしたのでランチを100円値上げします」とできる。でも介護事業者は、物価が上がっても自分で価格を上げることができない。コストが増えた分は、そのまま経営を圧迫する。

しかも人手不足で利用者を受け入れられなければ、売上自体が下がる。最も小さい訪問介護事業所では、月の利益が1万円にも満たないというデータもある。そこへ賃上げの義務が加わる。先に体力が尽きた事業所から、倒れていく。

生き残るための策——でも、それができる事業所は限られる

こうした状況を乗り越えようとしている事業所は、主に3つの方向で動いている。

①ICT・ロボットの導入で人手を補う。記録業務の電子化だけで1日2時間の削減につながった事業所もある。国が導入費用の4分の3を補助する制度もある。ただし、申請や運用に対応できる人材が必要で、小規模事業所には高いハードルだ。

②大規模化・M&Aで経営を安定させる。規模が大きければコストを分散でき、給与水準も上げやすい。小規模事業者が大手に吸収される流れは、今後さらに加速するだろう。

③補助金・加算の取得で収入を補う。ただし申請要件が複雑で、対応できない事業所は取り残される。

共通しているのは、「対応できる体力がある事業所だけが生き残る」という現実だ。

倒産の先に残るのは「介護の空白地帯」

事業所が倒産すると、そこを利用していた高齢者は別の施設を探さなければならない。でも地方では、近くに代わりの事業所がないことも多い。

医療機関も同様で、採算が取れない地域の病院・クリニックは閉院が続いている。「医療費が上がったのに、近くに病院がなくなった」という逆説が、すでに地方で起きている。

お金は動いている。制度も変わっている。でも、それが「現場に届く前に」事業所が倒れていく——これが、今の医療・介護が直面している本当の問題だ。

次回は、その現場で何が起きているかを、介護士という仕事の実態から見ていく。

まとめ

  • 2026年6月から診療報酬が3.09%引き上げ——うち1.70%が賃上げ財源として指定
  • 介護職員は月最大1万9,000円の賃上げが可能に(条件付き)
  • 一方、介護事業者の倒産は2025年に176件(過去最多)を更新
  • 介護は「公定価格」のため自分で値上げできない構造的な問題がある
  • 小規模事業所ほど追い詰められ、地方では「介護の空白地帯」が生まれている
  • お金が現場に届く前に、事業所が倒れていく——それが今の現実だ

この記事を書いた人

時事・経済・社会問題を「身近な視点」から読み解くライター。日常のちょっとした引っかかりを起点に、政治・経済・テクノロジーの動きを平易な言葉で伝えることをテーマにしている。よりみち世相録では、3分で読めるニュース解説を毎週更新中。

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