数週間前、近所のスーパーで「また値上がりするらしい」という会話が聞こえた。それがホルムズ海峡と関係するとは、レジ前のお客さんたちは思っていなかったかもしれない。
2026年2月28日、米・イスラエル軍がイランを空爆した。翌日にはイランが「ホルムズ海峡の封鎖」を宣言。WTI原油先物価格は攻撃前の1バレル67ドル台から、わずか10日後の3月9日に一時120ドル近くまで跳ね上がった。地図で見れば遠い場所の出来事が、日本の食卓にじわじわと届いている。
結論:日本の原油94%は中東産。ホルムズが止まれば、家計は即座に連動する
日本が2025年に輸入した原油のうち、約94%が中東産だ(野村総合研究所)。その原油を運ぶタンカーの約8割がホルムズ海峡を通る。1日に通過する量は約1,650万バレル――世界の石油供給のおよそ2割にあたる。
海峡が封鎖されれば、その影響はガソリン、電気代、食用油、洗剤、プラスチック製品(ラップ・ビニール袋など)まで波及する。「中東の話は家計と関係ない」は、もう通用しない。
要点3つ
要点① ホルムズ海峡はなぜこんなに重要なのか
タンカー航行が1日120隻→5隻に激減
封鎖宣言後、ペルシャ湾には150隻以上のタンカーが足止めされた。海峡を通過するタンカーは、平時の1日120隻から一時5隻にまで激減したと伝えられている。大手海上保険会社が戦争リスク保険の引き受けを停止したことも、輸送コストをさらに押し上げた。
世界の石油流通の2割が通る「咽頭部」
ホルムズ海峡は幅わずか約33kmの海上交通路だ。ペルシャ湾岸の産油国(サウジアラビア・UAE・クウェート・イラクなど)が輸出する石油は、ほぼすべてここを通る。代替ルートはサウジのパイプライン(キャパシティ限定)くらいで、完全な迂回は現実的でない。
「保険停止」という見えないダメージ
原油価格の急騰だけでなく、海上保険の引き受け停止という影響も大きい。保険なしでは航行できないため、タンカー会社は事実上の航行停止を余儀なくされる。物が動かなければ価格は上がる。市場はこの「見えないコスト」も織り込みながら動いている。
要点② 原油120ドルが家計に及ぼす波紋
ガソリン価格は短期間で7円以上上昇
国内のレギュラーガソリン全国平均は、2026年1月の154.7円から3月9日には161.8円と、約7円上昇した。政府は3月19日から「緊急的激変緩和措置」を実施し、170円程度に抑える方針を示している。野村総合研究所の試算では、ベースシナリオ(原油87ドル)でガソリン全国平均が1リットル200円を超える水準になるとしている。
食用油から洗剤・ラップまで連鎖する値上がり
原油は食品の原料に直接使われるわけではないが、製造・輸送・包装のすべてでエネルギーコストが上がる。NRIの試算では、原油価格が30%上昇した場合、洗剤9.6%・シャンプー6.8%・食品用ラップ3.6%・ビニール袋などプラスチック製品も連鎖的に上昇するとしている。食用油については、中東情勢以前から昭和産業・Jオイルミルズなどがすでに15%前後の値上げを実施している。
NRI試算:ベース87ドルで年1.2万円増、悲観140ドルならGDP▲0.65%
野村総合研究所は3つのシナリオを試算している。ベースシナリオ(原油87ドル)では二人以上世帯の年間負担が1万1,690円増加、電気代は月793円(年9,518円)増。悲観シナリオ(140ドル)では実質GDP▲0.65%、物価+1.14%となる見通しだ。原油120ドル水準が続けば、この悲観シナリオに近づく。

要点③ 日本は何日もつのか――備蓄と迂回ルートの現実
3月16日に8000万バレルの緊急放出開始
日本政府は3月16日、1978年の備蓄制度創設以来最大規模となる8,000万バレルの石油備蓄放出を決定した。これは約45日分の消費に相当する。2023年のIEA協調放出に続く対応だが、「使えば減る」という事実は変わらない。
備蓄は約254日分――でも全量を自由には使えない
日本の石油備蓄は国家備蓄146日分・民間義務備蓄101日分・産油国共同備蓄7日分を合わせた254日分とされている。数字だけ見れば「余裕がある」ように思えるが、民間備蓄は企業が保有するものであり、緊急時に全量を政府が自由に使えるわけではない。
5月から迂回ルートの原油が到着予定
UAEやサウジアラビアの湾岸側ではなく、海峡を通らないルートからの原油輸送が交渉されており、5月以降に日本へ到着する見通しと報じられている(Japan Times、2026年4月4日)。ただし量は限られており、全量を代替できるわけではない。「つなぎ」の段階だ。
背景ちょい足し――なぜ「代替」は簡単でないのか
「アメリカ産の原油を買えばいい」という声がある。実際、日本は脱中東依存を模索してきた。だが現実には、精製設備の相性・長期契約の制約・タンカーの航路変更コストなど、すぐに切り替えられない事情が多い。ロシア産は制裁で調達困難。米国産WTIは輸送コストが高い。アフリカ産・カナダ産も代替として検討されるが、日本が必要とする量を埋めるには時間がかかる。
「中東依存を分散すべき」という議論は何十年も続いてきた。それでも今なお94%が中東産である事実が、この問題の難しさを物語っている。
ひとこと――スーパーの食用油棚が空になった日に
スーパーの棚が空になるのを見たのは、コロナのトイレットペーパー騒動以来かもしれない。あの時も「遠くの話が突然、目の前に来た」という感覚だった。
ホルムズ海峡の封鎖が家計に届くまでの経路は、原油→石油製品→輸送コスト→食品・日用品→小売価格という長い連鎖だ。でもその終点は、いつも身近な棚の値札や、レジ前の金額だ。
NRIのベースシナリオで年間約1.2万円の負担増という試算を見た。月1,000円の差は「大したことない」と感じる人もいるかもしれない。でも、それが食費に電気代にガソリン代にと積み重なれば、体感はそれ以上だ。中東情勢はすぐには落ち着かないかもしれない。その前提で家計を組み立てておくことが、今できる現実的な備えだと思っている。
一次情報・出典
- 野村総合研究所 木内登英「イラン情勢を受けた原油価格上昇の日本経済・国民生活への影響」(2026年3月13日)
https://www.nri.com/jp/media/journal/kiuchi/20260313.html - 野村総合研究所 木内登英「イラン攻撃で高まる原油価格上昇リスクと日本経済への影響試算」(2026年3月2日)
https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20260302.html - Japan Times “Oil bypassing Strait of Hormuz set to arrive in Japan from May”(2026年4月4日)
https://www.japantimes.co.jp/business/2026/04/04/oil-bypassing-hormuz-japan-may/
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