「ナフサ由来の化学製品の供給は、年を越えて継続できる見込みとなりました」
4月30日、高市首相がそう表明しました。中東以外の国々からの代替調達が進み、危機前の3倍の量を確保できたという説明です。「ひと安心」と感じた方もいるかもしれません。でも、その翌日に現場からは「そう簡単じゃない」という声が続々と上がってきました。
いったい、何が起きているのでしょうか。
「量は確保した」——でも現場の声は違う
政府の言う「確保」は、日本全体で必要な量の合計として計算したものです。中東以外からの代替調達を増やし、備蓄原油を国内で精製し、数字の上では帳尻が合っている。それは事実です。
でも、樹脂やシンナーなどの供給不足を訴える企業の声は、5月に入っても絶えていません。値上げの動きも広がっています。政府と産業現場の間には、なぜこれほどの温度差があるのでしょうか。
「量があっても届かない」——4つの壁
①ナフサには「種類」がある
ナフサといっても、成分や用途によって多くの種類があります。エチレン製造向け、プロピレン向け、溶剤向け——それぞれに適した性質が違います。政府が確保した「ナフサの量」が、すべての企業が必要とする種類と一致するとは限りません。「量は届いているが、うちの設備で使えるものが来ない」という事態が実際に起きています。
②価格高騰でエチレン生産を抑制中
ナフサの価格が高騰しているため、石油化学メーカーは2026年3月以降、エチレンの生産を抑制し続けています。ナフサを買えても、買うほど赤字になる。そういう構造的なジレンマが現場を直撃しています。
③ナフサには「国家備蓄」がない
原油には国家備蓄制度があり、日本は254日分を確保しています。しかしナフサは、この制度の対象外です。石油化学メーカーが直接輸入するナフサは、国が守る仕組みになっていません。民間在庫はわずか約20日分。今回の危機は、この制度の「盲点」を露わにしました。
④何がどれだけ確保されているか、誰もわからない
ナフサからつくられる石油化学製品は、エチレン・プロピレン・ブタジエン・ベンゼン・トルエンなど非常に多岐にわたります。それぞれが何種類もの中間製品に変わり、プラスチック・合成繊維・合成ゴム・塗料へとつながっていく。この複雑なサプライチェーン全体を通じて、「何がどれだけ確保されているか」を把握することは、経産省にとっても容易ではない状況です。
家庭への影響——いつ解消されるのか
食品の容器・包装材・日用品のプラスチック製品など、ナフサ由来の製品は私たちの暮らしに深く入り込んでいます。以前の記事でお伝えしたプリンの容器問題も、この流れの延長線上にあります。
「量が確保された」という政府の発表が、食卓や日用品の値段に反映されるまでには、まだ時間がかかりそうです。代替調達されたナフサが精製されて、石油化学製品になり、製造ラインを通り、店頭に届くまでには、いくつものステップがあります。
さらに、今回の危機によって価格が上昇した原材料コストは、そう簡単には下がりません。供給が安定しても、値段は元に戻らないという可能性が十分あります。
まとめ:「確保」と「解決」の間にある長い道のり
政府が嘘をついているわけではありません。数字の上では、ナフサの量は確保できつつあります。でも、それが現場の企業に届き、製品になり、家庭に届くまでには、乗り越えなければならない壁がいくつもあります。
「確保した」と「解決した」は、違う言葉です。
今回の危機は、ナフサが国家備蓄の対象外だったこと、石油化学のサプライチェーンの複雑さを誰も正確に把握できていなかったことなど、日本のエネルギー・産業政策の盲点を浮き彫りにしました。「解決した」と安心する前に、構造的な問題への対応が求められていると感じます。
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